人間教育に体罰は必要か?

20年前の学校教育と今の時代の学校教育の1番の違いの1つは、体罰に対する考え方だろう。

昔の学校の先生は、平気で、小学生でも叩いた。

今だと、完全な問題になるレベルでよく小学生でも叩く先生がいたと思う。

それでも、これが、中学生になると学校の先生の体罰はほとんどなくなる。なぜだろうと、当時の私は個人的に不思議に思っていた。

その時は解らなかったが、自分が中年の大人になった今思うとよく解る。ようするに、中学生を殴ると殴り返されるから、学校の先生は殴らなかったのだ。

小学生は弱いから、殴る。

誰も言わないが、20年前くらいの先生たちは、そういう、あまり、道徳的とはいえない理由で、体罰をくわえていたと思う。

そこには、しっかりとした教育的な哲学など全くなく、ただ力の論理が働いていたと思うと愕然とする。

こういう日本の教育の体罰の伝統というのは、太平洋戦争当時の日本軍の体罰が起源になっているのだと思う。

勇敢で命をかけて国を守ろうとした日本軍の若い軍人たちには尊敬の念が止まないが、あの戦争は大きな戦争の戦略としてはとんでもないものだったと思う。

そんなメチャクチャな戦略を平然と実行して大量の若い命を犠牲にした組織の悪習を日本の公教育は少なからず教育現場に取り入れてしまった。

この悪習は、今でも、日本の中小企業に生き残っていて、若い人が現場仕事や中小企業の製造業で働かない原因にもなっていると思う。

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